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歩兵部隊はさらに2つの丘

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歩兵部隊はさらに2つの丘、「ブラフ」と「フィスク・ヒル」を掃討し、待ち伏せで被害を増やした。ピトケアンはフィスク・ヒルの掃討中に馬から落ちて脚を怪我した。コンコード遠征隊の指揮者二人が負傷者で馬が無い者となってしまった。部隊の兵士は疲れており、喉が渇き弾薬も乏しくなりかけていた。何人かは降伏したが多くは突破し走った。その組織だった撤退行は敗走に変わっていった。レキシントン中央部の手前には「コンコード・ヒル」が残っていた。何人かの負傷していない士官が振り向いて兵士を剣で脅し、隊列を崩さないようにした。コンコードからレキシントンまで愛国者達は少なくとも8度は隊列を作ることのできる場所で攻撃を掛けてきた。伝説では散開した兵士が障害物の陰から狙撃したことにはなっている。散開攻撃は実際にあったし、この独立戦争ではアメリカ大陸軍の得意とする戦法になっていった。実際にレキシントンとコンコードであるいは後のバンカーヒルでも、ライフルを持っていたという歴史資料は無い。

3個中隊を率いる士官の中で一人だけが無傷だった。その士官が部隊共々降伏を考えていたとき、前方で歓声が上がった。ヒュー・パーシー指揮下の約1,000名の部隊が大砲も携えて救援に駆け付けた。午後2時半であった。

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2009年04月30日 10:53に投稿されたエントリーのページです。

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